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大阪家庭裁判所 昭和51年(少ハ)5号 決定 1976年8月30日

少年 H・O(昭三〇・一〇・二三生)

主文

1  本人を昭和五一年八月一五日から同年一一月一九日まで河内少年院に継続して収容する。

2  大阪保護観察所長は、本人と妻及び母との円満に関し、犯罪者予防更生法五二条にもとづく環境調整の措置を行うこと。

理由

1  申請に至る経過

本人は、昭和五〇年八月一五日当庁において窃盗により特別少年院送致決定の言渡を受け、同月一八日河内少年院に収容され、同年一〇月二日少年院法一一条一項但書による収容継続決定がなされ、昭和五一年八月一四日をもつてその収容期間が満了となるものであるが、同年七月三一日同少年院長より本件収容継続の申請がなされた。

2  申請理由の要旨

本人は、二級上に進級後の昭和五〇年一二月一一日同僚と口論して課長注意の処分を受け、翌昭和五一年二月一六日に一級下に進級したもののその直後から生活が徐々に下降線をたどりはじめ、自己中心的で顕示的な言動が表面化して、職員の指導を批判し同僚と感情的に対立し、同年三月五日作業態度不良により謹慎七日の処分を受けるに至つた。その後一時は小康状態を保つかにみえたが、同年五月一二日同僚と共謀して実習中に職員の指導の間げきをぬつて木工科塗装室シンナー庫の施錠を破壊してシンナーの盗嗅を行い、それ以前にも二回に亘つてシンナーを盗嗅していたことが発覚し、この一連の反則により謹慎二〇日の処分を受け三級に降級した。その後の指導によつてようやく立ち直りのきざしをみせはじめ、七月一日には二級下に復級し、この状態で推移すれば八月一日には二級上に復級の予定であるが未だ処遇の最高段階に達しておらず、上記反則行為によつて明らかなとおり本人の犯罪的傾向は未だ矯正されていない状態にあり、前示の収容期間内に本人に対する矯正目標を達成し社会適応力を育成することは困難であるから、本人の収容期間を昭和五一年八月一五日から同年一一月一九日まで継続するよう求める。

3  当裁判所の判断

(1)  本人は、小学校高学年頃より非行が始まり、教護院、中等少年院の収容歴を有し、昭和四九年一月三一日中等少年院を仮退院し、同年九月婚姻したもののその行状は好転せず覚せい剤に溺れ家庭を省みなくなり暴力団との親交を深めるうち昭和五〇年七月二八日前件非行を犯し、同年八月一五日特別少年院送致決定の言渡を受けた。

本人の性格特性等は、前件の鑑別結果等から明らかなとおり、発揚性、自己顕示性が強く自己中心的で対人関係も円滑さを欠くものである。これらの本人の経歴、性格特性等から河内少年院においては、本人に対し、ヤクザ的価値観の転換、劣等感の克服、対人関係のまずさの矯正を処遇の主目標として指導教育に着手した。本人は、当初同少年院の処遇に乗り、同年一一月一日実科(縫工科)に編入され同月一六日二級上に進級したが、一二月一一日に就寝時に同僚と口論して注意を受けたころから対人不和がみえはじめ、一級下に進級後には職員の指導に文句を言うなど反抗的態度をみせ対人不和が顕著となり、昭和五一年三月一一日には実科の時間中同僚の仕事を取り上げたことから相手にはさみで突かれるという問題行動を起し、謹慎の後木工科へ実科変更されたが、四月下旬、五月上旬の二回に亘り作業時間中同僚とシンナーを布にひたして吸入し、五月二六日には同僚と二人で作業時間中に塗装室の施錠を壊して侵入しシンナーを吸入するという反則行為をなし謹慎二〇日の処分を受け三級に降級させられた。その後反則行為は影をひそめたが積極的に処遇に乗るまでにはゆかないものの七月一日に二級下、八月一日には二級上に復級している。しかし現段階では先に指摘した本人の性格的偏向は未だ改善の域に達しているものとはみとめられず、出院後の生活について明確な見通しすら立てておらずこのままでは社会生活を営むうえで多分の困難さを伴うものと考えざるを得ない。

(2)  本人の帰住環境についてみると、本人が収容当時、母と同居していた妻はまもなく夜の仕事につくようになり母との仲がうまくゆかず昨年末(昭和五〇年一二月)には実家に帰るに至り、また本人に対しては入院当初面会に来て以来音信もなく離婚の意思を強く抱いている。母は帰住先に独り住いしており度々面会に赴いているものの今年六月以来これも絶え、身体の不調を訴え通院治療を受けており、退院後の本人の身の振り方について何らの具体的な見通しすら立てておらず、また本人の妻に対しては離婚をすすめる一方である。

このように本人の退院が近く予定されていたにもかかわらずその帰住環境は整備されないままの状態にある。本人は、妻や母が前件非行時に本人の覚せい剤使用、不良交友を保護観察所に申告していたことが特別少年院送致の一因となつたものと考えており、これが入院中の本人と保護者間の意思疎通を欠くもととなつていると思われ、離婚問題についても本人は退院まで白紙状態である旨言明するが、これが本人と妻及び母との間を好しくない状態にしていることは明白である。この帰住環境の現状を直視するとき、本人の退院に先立つて専門機関の手により本人、妻及び母三者間の円満な関係を作り上げるための調整措置の必要性が多分にあるものと思料される。

(3)  以上の本人の河内少年院における矯正過程での実績、帰住環境の現状等を総合すると、未だ本人の犯罪的傾向は矯正されたものとはいえず、なおその収容を継続する必要性があるものとみとめられ、本人の処遇状況からすると順調に推移すれば九月一日に一級下、一〇月一〇日には一級上に進級すると予測でき、出院時教育のために一か月半の期間が必要であると思料されるので、前記収容期間満了の日の翌日である昭和五一年八月一五日から同年一一月一九日まで河内少年院において本人の収容を継続するのを相当とみとめる。

4  環境調整措置について

上記3の(2)で指摘したように、本人の就職先等についての予定もなく、妻及び母との意思疎通が断たれたまま退院をむかえると、離婚問題をきつかけとして家庭内で新たな紛争が生じることも予測され、これが本人の更生の妨げになることは明らかである。母は現在独り暮しで通院治療中の身であつて、身近に相談相手もないこともあつて何かあると少年院に電話しては身辺の事を訴えている。妻は実家に帰つたきりで、本人との復縁の意思はなく、最近に至り同人の実父が離婚問題の結着をつけるため本人に面会を求めたが本人の拒絶にあつている。このような状況の下では出院後の本人の安定は望むべくもなく、その収容継続期間中に本人、妻及び母三者間の円満関係をつくりあげるため、その橋渡し役としての専門家の助言指導が不可欠であり、犯罪者予防更生法五二条にもとづく環境調整の措置が実施されなければならないと考える。なお、調整措置を講ずるにあたつては、離婚問題についての本人の意思の確認、離婚の止むなきに至ることが予想される場合に、関係者に対し、その円満解決のための方策の指示という点についても考慮されることが望ましい。

5  むすび

よつて本人の収容継続について少年院法一一条二項、四項、環境調整措置について少年法二四条二項、少年審判規則三九条、五五条を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 宮城雅之)

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